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大阪高等裁判所 昭和42年(ネ)1922号 判決

控訴人 株式会社大成

右訴訟代理人弁護士 和田一夫

同 藤井哲三

右訴訟復代理人弁護士 青木永光

被控訴人 丸善石油株式会社

右訴訟代理人弁護士 黒田静雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

〈全部省略〉

理由

一、被控訴会社が控訴会社主張の約束手形(甲第一号証、本件手形)を振り出したこと、および控訴会社が本件手形を現在所持していることは、当事者間に争いがない。そして表面の成立について争いがない甲第一号証によると、本件手形面には、受取人である光亜建設が白地式で第一裏書をし(第一裏書欄記載の光亜建設の所在地および代表取締役の氏名が被控訴会社の主張する程度に真実と違っても、本件手形面上の受取人と第一裏書人との形式的同一性を害しない)、松下忍が白地式で第二裏書をし、中山茂が第三裏書をしていたが、みぎ第三裏書は第三裏書欄上に他の手形用紙の裏書欄を貼り付ける方法で抹消されていることが認められみぎ貼り付けられた裏書欄に第三裏書をしている控訴会社が現在本件手形を所持しているのであるから、控訴会社は裏書の連続により手形上の権利を証明した者として、本件手形の適法な所持人と推定される

二、そこで、被控訴会社の抗弁について判断すると、〈証拠〉によると、本件手形の受取人である光亜建設は盗難にかかって本件手形の占有を失い、除権判決を受けるために大阪簡易裁判所に本件手形についての公示催告の申立てをし、昭和四〇年一一月二二日同裁判所がみぎ公示催告をしたこと、および、光亜建設から本件手形を窃取した訴外中村義明は、その後氏名不詳の第三者に本件手形を更に窃取されたことを認めることができ、みぎ認定に反する証拠はない。

〈証拠〉を総合すると、控訴会社は金融業を営む会社であって、訴外井口茂の紹介により松下忍と自称する者から本件手形の譲渡を受けたのであるが、みぎ自称松下忍の身許については、紹介者である井口茂自身も過去において面識があったと云うだけのことで、どこに住所または営業所を有し、なにを職業にしてなにほどの資力信用があるのかを知っておらず控訴会社はみぎ自称松下忍が本件手形の割引きを受けるために控訴会社を来訪するまで自称松下忍と一面識もなく、井口茂から電話で松下忍に対し手形の割引をしてやってくれと依頼されただけで、みぎ松下から本件手形の譲渡を受けたこと本件手形の第一裏書欄に記載された裏書人光亜建設の住所とその代表取締役の氏名が誤記され、その名下に押捺されている印影は判読しにくい字体の極めて粗末な彫りの印判の印影であって、一見しただけでも見る者に「いかがわしいもの」であるとの印象を与えるに足りる種類のものであり、また、本件手形の旧第三裏書欄(その上に他の手形用紙の裏書欄を貼り付ける方法で控訴会社によって抹消された)の署名中山茂に該当する人物は当時、みぎ裏書の肩書住所には居住しておらず、偽名または架空人であること、ならびに、光亜建設は、本件手形を盗難によって紛失するや直ちに本件手形の支払銀行である株式会社大和銀行本店や振出人である被控訴会社に対し、みぎ盗難にかかった旨を通報し、本件手形の支払いを差し止めたので、控訴会社が本件手形の譲渡を受けた当時には、本件手形面に表示された関係者である被控訴会社、光亜建設または前記支払い銀行のいずれか一つに本件手形について問い合せると本件手形が盗難手形であることが直ちに判明する状況にあったことが認められる。

三、控訴会社は、金融業者は手形振出人が信用ある者であるときは手形授受の経路、原因を調査しないのが普通で、このような調査をする義務がないから、このような調査をしなくても重大な過失があると云うことはできないと主張する。しかしながら、手形法一六条二項但書にいわゆる重大な過失とは、刑事過失犯や不法行為等にいわゆる過失のように特定の義務(作為、不作為の義務ないし注意義務)に違反する行為を意味しているのではなく、手形取引きをする者が、通常程度の注意をすれば取引の相手方が手形の適法な所持人ではないことを容易に知ることができる場合に、不注意の程度が重大なものであったためにみぎ事実を知るに至らないで手形を取得したことを意味していると解するのが相当である。本件の場合には、前認定の事実関係によると控訴会社は自称松下忍が本件手形の適法な所持人でないことを知りながら本件手形を取得した疑もあるが、仮にみぎのように悪意で本件手形を取得したのではないとしても、手形取引をする者が通常はらう程度の注意をはらえば、自称松下忍の人柄や裏書の印判等から、自称松下忍が本件手形の適法な所持人ではないのではないかとの疑念を懐くのが当然であるのに、なんらの注意もはらわなかった重大な過失により、みぎのような疑念を懐くに至らないで慢然と本件手形を取得したものであるか、あるいは、みぎのような疑念を懐きながら労を惜んで本件手形面に表示されている手形関係者らに自称松下忍が本件手形の適法な所持人であるかどうかを問合せをすることを怠った重大な過失により、自称松下忍が本件手形の適法な所持人ではないことを知らないで本件手形を取得したものであるから、控訴会社は重大な過失により本件手形を取得したものと云うことができるわけである。この点に関する控訴会社の見解は採用できない。

四、以上の次第で、本件手形の受取人である光亜建設の第一裏書は、何者かによる偽造であることが明らかであるから、光亜建設から白地裏書によって本件手形を取得した自称松下忍は、なんら本件手形上の権利を取得するいわれはないし、自称松下忍は本件手形を盗難手形であることを知って取得したものと推認され、自称松下忍から本件手形を取得した控訴会社は、松下忍が本件手形の無権利者であることを知って、または重大な過失によって知らずして、これを取得したもので、これによって、手形法一六条二項但書にもとづき、控訴会社の本件手形裏書の連続による権利推定は覆えったとしなければならない(最判昭和四一年六月二一日判決、民集二〇巻五号一〇八四頁参照)。

そうすると、本件手形上の権利者でない控訴会社の被控訴会社に対する本件請求は失当として棄却すべく、みぎと同旨の原判決は相当で、本件控訴は棄却を免れない〈以下省略〉。

(裁判長裁判官 三上修 裁判官 長瀬清澄 古崎慶長)

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